■■■ナンバープレート・側面板■■■

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(名古屋店)
40740-10 \198,000(税込)

「D51 517」
SLブームだった頃、各地の百貨店でナンバープレートをはじめ鉄道部品が販売されていたことがありました こちらもその一枚で販売したのは名古屋松坂屋
当時は純正プレートがたくさんあったので、今から思えば安価で販売していたようですが、人気の向上とともに数が不足気味になり、記念品のプレートも
増えていきました 当時のジャーナルの後ろなどにも
この辺りのくだりは記載されています プレート自体は主に北陸線の貨物をけん引した517号機のもの塗り重ねた下地から赤色ものぞきます 
いずれかの機関区で赤プレートでも使用していた可能性有 裏面に目を向けると
取付部位が上下で異なる点が珍しい。上下どちらかで4点が統一されているのがプレートでは一般的ながら、この点は面白いところ煤はしっかりと入っています D51517 国鉄大宮工場=30 1942-03-00 S77.60t1D1T(1067)
車歴;1942-03-00製造→納入;国鉄;D51517→1942-03-11竣工→配属;東京局→1942-03-23配置;白河→1943-09-14借入;宇都宮→
1943-09-18宇都宮→1944-09-29吹田→1945-11-16梅小路→1956-11-19今庄(福井?)→1956-11-19借入;福井→1956-12-05
集煙装置取付(浜松)→1957-09-30金沢→1962-06-10富山→1965-08-07借入;糸魚川→
1965-09-30返却→1965-10-01金沢→1965-11-01福井→廃車
使用による塗装剥、塗重、緑青、歪、磨耗有 サイズ:20×70×1.5(突起部含) 状態使用痕共に極上

(純正品保証)(名古屋店)

(新宿店)
40597-6 \275,000(税込)SOLD OUT 「C11 94」
砲金製/19.5x55x厚さ1cm
川崎車輌兵庫工場=1673
1936-06 S65t1C2t
車歴1936-06 新製→ 配属:名古屋局 配置:不明
1938-02頃 名古屋局管内→稲沢区
1940-08   稲沢区→七尾区
1941-10-30 七尾区→野付牛区
1942-10-01 野付牛区→北見区(駅名改称による)
1949-03-01 現在 北見区
1949-08-01 現在 釧路区標茶支区
1954-12  第一種休車指定 釧路区標茶支区
1957-02-23 釧路区標茶支区→会津若松区
1959-04-30 会津若松区→会津線管理所(組織変更)
1963-04-01 現在 会津線管理所
1966-01頃 会津線管理所→福島区
1966-10-01 福島区→青森区
1968-02-21 廃車(青森区)

裏面煤煙付着状態使用痕共に極上

(純正品保証)
(新宿店)

(新宿店)
40593-6 \27,500(税込)SOLD OUT
「モハ207」新京成電鉄
切抜ナンバー
27x63x厚さ0.5cm

裏側ネジの先端削り有(安全のため)
枠部分のみ加工品

状態優

(純正品保証)
(新宿店)

(塩尻店)
40577-45 \88,000(税込) SOLD OUT
「ED7713」
切抜ナンバー
福島機関区配置
117×50×12cm(手すり含む)

重量:約28s

塗装はがれ・錆・反り有
状態 良

(純正品保証)
(塩尻店)

(名古屋店)
☆プレート裏面の形状について☆ C

ナンバープレート裏面の形状それぞれ
裏面の作りに目を向けると、ナンバープレートは複数の
パターンがある
カドが切り立っているもの@
裏面の固定部位が内側に含まれているものA、
固定部位が浮き出ているものB
凹凸のない平面のものC
とその形状はさまざま
日本車両、汽車會社といったメーカーの作り
苗穂、鷹取工場といった工場の作りなど
同じ機関車の形式でもその作りは異なる
北海道で使用されたカマのプレートは@のタイプが比較的
多いように思われる そして厚板であることも合わせて
見られる
@
A
B

(名古屋店)
40551-10-01 \550,000(税込)SOLD OUT


「D50 308」
日本車両製造のD50 308 281号機が終始、北海道での運用に対して
308号機は戦前は名鉄局の前身名古屋鉄道局中津川機関区に所属
太平洋戦争末期昭和19年、308号機を含めて18両が中津川に配置
D50の集中運用、この頃は中津川にはまだD51の姿は見られない
戦後、昭和24年からは本州から小樽築港へ転属。1967年に追分で
廃車になるまで北海道で運用される
D50308 日本車両名古屋工場=214 1928-00-00 S78.14t1D1T(1067)
車歴;1928-00-00 製造→納入;国鉄;D50308→配属;?→配置;?→
1933-06-30現在;中津川→1949-03-01現在;小樽築港→
1954-04-01現在;追分→1955-08-01現在;鷲別→追分→
1962-07-00旭川→
1963-12-24追分→1967-12-20廃車;追分
使用による塗装剥、ボルト締痕、緑青有
砲金製
裏面煤煙付着状態使用痕共に極上

(純正品保証)(名古屋店)



(神田駅前店)
40539-39 \88,000(税込)SOLD OUT
「DD13 650」
ブロックナンバー
81.5×13.6×1.8cm
ディーゼル機関車
苗穂機関区
台座付

使用による傷・台座錆有
状態 優

(純正品保証)
(神田駅前店)

(名古屋店)
40538-10-12 \418,000(税込)SOLD OUT

「D51 596」
日立製作所製造のD51 1941年に岩見沢配置後、
1973年鷲別廃車まで終始、北海道での運用

1969年頃の札鉄局管内では、この596号機を含めて
130両以上のD51の配置がある
築港と岩見沢に30両前後、次いで鷲別と追分が20両前後
滝川、倶知安と続き、広範囲にわたってD51の運用が見られる
日立製作所笠戸工場1427 1940年12月 製造
青森→1941年10月 岩見沢→1941-11-20 耐寒工事施工(苗穂工場)→1944-07-08 函館→1945-08-25 借入;長万部→
1945-12-09 返却→函館→ 五稜郭→1960-10-19 鷲別→
1973-04-23 室蘭→函館→ 鷲別→1973-07-20 廃車;鷲別
砲金製/取り外し等にともなう取付穴1点拡張痕、使用による擦、傷、欠有
サイズ:20×76.6×1.5cm
裏面煤煙付着状態使用痕共に極上

(純正品保証)
(名古屋店)

(名古屋店)
40533-10-01 \550,000(税込)


「D50 281」
汽車会社製造のD50 製造から廃車まで終始、北海道での運用
1928年汽車会社では281号機を含め18両を製造、同時期にC53も
27両製造され鉄道省に多くのSLが増備される
廃車となる晩年1967年はD50は42両と大量に廃車になり、1971年に
205号機の廃車と共に形式消滅となる
D50281 汽車製造大阪工場=1026 1928-00-00 S78.14t1D1T(1067)
車歴;1928-00-00 製造→納入;国鉄;D50281→配属;札幌局→
配置[札幌局達乙1244];札幌局→1933-06-30現在;函館→
1935-03-31現在;函館→1941-03-31現在;函館→1945-09-30現在;追分→
1954-04-01現在;追分→1955-08-01現在;鷲別→1963-11-30現在;追分→
1967-08-31廃車;追分
サイズ:76.7×19.8×1.3cm
使用による塗装剥、ボルト締痕有
砲金製
裏面煤煙付着状態使用痕共に極上

(純正品保証)(名古屋店)



(名古屋店)
40450-10 \660,000(税込)

「C57 168」
プレートに関する詳細はこちら↓
https://www.youtube.com/watch?v=pbf9-iu6Rws
C57168 三菱重工業神戸造船所=354 1942-05-14 S67.50t2C1T(1067)
車歴;1942-05-14製造→納入;国鉄;C57168→配属;?→配置;?→
1942-05-14使用開始→1945-04-01現在;水戸→1955-08-01現在;水戸→
1961-06-00富山→1962-06-00室蘭→1964-04-01現在;室蘭→岩見沢一→
1972-12-25廃車;岩見沢一
サイズ:77×20×1cm 使用による塗装剥、擦有 砲金製
裏面煤煙付着 状態使用痕共に極上
(純正品保証)(名古屋店)

(名古屋店)
40397-10 \220,000(税込)SOLD OUT


「C58 137」
正明市(長門市)、厚狭等山口県で活躍した汽車製造C58 137
昭和44年厚狭機関区ではC58は4両配置、唯一の3ケタ
国鉄美祢線厚狭〜長門市間C58けん引鈍行旅客列車
522レ長門市発06:06→厚狭着07:29、
523レ厚狭発18:01→長門市着19:19
早朝と夕方1本ずつの運用、以外は仙崎乗込の鈍行ディーゼル、
米子始発熊本行の急行さんべ、天ヶ瀬行きの急行あきよしなど
137号機は136〜142号機まで含め戦中は実は多治見配置という
中京圏とも何気に縁のあるプレート
C58137 汽車製造大阪工場=1752 1939-03-20 S58.70t1C1T(1067)
車歴;1939-03-20製造→納入;国鉄;C58137→配属[達282];名古屋局→
1939-03-25竣工→1941年 多治見配置
1943-00-00陸軍供出予定改造終了後輸送出来ず復元→
1945-08-00現在;正明市→1955-08-01現在;正明市→
1964-04-01現在;厚狭→1971-05-22廃車
サイズ:77×20×1.5cm 使用による塗装塗重、剥有 砲金製
裏面煤煙付着状態使用痕共に極上
(純正品保証)(名古屋店)



(名古屋店)
40387-10 \55,000(税込)SOLD OUT 「DD13 195」
DD13195 汽車製造大阪工場=3012 1964-02-05 D56.0tBB(1067)
車歴;1964-02-05製造→納入;国鉄;
DD13195→1964-02-05竣工→配属
[達418];大阪局→配置;吹田一→
1967-05-27竜華→1982-11-25亀山→
1984-04-10廃車;亀山 裏面ボルト残有

鉄製反、塗装剥有 サイズ:86×31×2cm
状態使用痕共に極上
(純正品保証)(名古屋店)

(名古屋店)
40379-10 \165.000(税込)SOLD OUT

「D51 798」

広島、長門等中国地方を中心に活躍したD51
山陰本線の貨物列車けん引
無煙化に伴い、記念のヘッドマークをつけて
さよならSL列車をけん引
D51798 三菱重工業神戸造船所=367 1943-03-30 S77.60t1D1T(1067)
車歴;1943-03-30製造→納入;国鉄;D51798→配属;?→配置;?→
1947-10-00現在;広島一→1948-07-01現在;岩国→1955-08-01現在;広島一→
1961-04-01現在;広島一→1971-04-00現在;長門→1972-12-01廃車;長門
砲金製/塗装剥、度重なる上塗痕有
うろこ状の塗装表面
サイズ:77.5×20.2×1.2cm
裏面煤煙付着状態使用痕共に極上
(純正品保証)(名古屋店)

(名古屋店)
40377-10 \44,000(税込) 「35-120」
東海道新幹線ファーストタイプ
0系新幹線35形式は売店、
ビュフェ車用 車体廃車時、
バーナー等で切抜、塗装剥離
鉄板真鍮製張文字 メッキ仕上
一部欠、反有裏面リベット残有
12.5×32.7×2p 状態使用痕共に極上
(純正品保証)(名古屋店)

(札幌本店)
40375-1 \88,000(税込)SOLD OUT

「3 9689」

39689 川崎兵庫工場=542 1920-02-00 S60t1DT

車歴:1920-02 製造 1920-02-19 使用開始 庫名不明(札幌局管内)
1924-05-31/土 現在 手宮庫 1927-04-01/金 現在 野付牛庫    
1931-01-31/土 現在 名寄庫音威子府分庫
1934-03/名寄庫音威子府分庫→名寄庫
1936-09-01/火 名寄庫→名寄区
(職制変更) 1939-03-31/金 現在 名寄区
1944-03-31/金 現在 名寄区 1949-03-01/火 現在 名寄区 
1954-04-01/木
特別休車指定 名寄区 特別休車指定解除日不明     
1954-10-01/金 現在 名寄区 1956-06頃 名寄区→北見区(正確な時期不明)
1962-04-1/日 現在 北見区 1967-03-31/金 廃車(北見区)

砲金製/煤汚れ、塗装剥げ等使用痕有
プレート:19.8×65.8×1.1cm/状態優

(純正品保証)
(札幌本店)


(名古屋店)
40359-44 \495.000(税込)SOLD OUT
「D60 8」

広島工場集煙装置をつけたD60 8号機 もともとはD50のクラシカルな
煙突も、これが付くとそのイメージも一新  1964年の山口線小郡駅で
はすでに集煙装置取付後の姿になっている 近年ではSLやまぐち号等
が追加の集煙装置をつけた姿としてはよく知られている
煙突の形状では、北海道追分機関区のD51についていたエジェクターなどは
その独特な形状が特徴的で面白い

D50の優れたカマをベースに軸重改造して生まれたのがD60
こちらはD50 168号機をベースに誕生したD60 8号機
大正大型貨物けん引機D50も、電化が進む中で
メインどころたる幹線運用からは徐々に外れていく。しかし幹線以外であれば
まだまだ使いどころもあるということで、キャブ下に取り付けてる従台車
を1軸から2軸に軸重改造をほどこし、これらのカマは
新しい戦場におもむいていく

軸重改造によって生まれた改造形式はD61、C61など60番台が多い
津和野区使用、山口線で1967年廃車
裏面リベット固定部分突起状タイプ非ベタ付プレート

D608 川崎兵庫工場=1178-浜松工場 1926-03-00 1951-12-06
S81.60t1D2T(1067) 車歴;1927-03-00 製造→納入;国鉄;19967→
1927-03-27配属[達314];門司局→配置;?→1928-10-01改番[達380]
;D50168→配属;?→配置;?→1933-06-30現在;広島→1936-00-00
現在;小郡→1950-04-00二休;上田→1951-12-06浜松工場改造[達687]
;D608→配属;広島局→配置;津和野→1967-01-04廃車;山口線管理所

砲金製/塗装剥、上塗痕有 赤プレートの上から黒差
サイズ:19.2×54×1.3cm
裏面煤煙付着状態使用痕共に極上
(純正品保証)(名古屋店)



(名古屋店)
40353-10-1 \330,000(税込)
「18696」

大正11年(1922年)7月6日〜25日までの北海道行啓時、7月17日池田発
(15:09)→釧路着(17:50)、翌々日の19日釧路発(06:30)→帯広着(09:55)、
帯広(13:30)→新得着(時間不明)の2度に渡りお召列車けん引
当時の編成は8620【18696】+ホハニ、ホイロ、3号御料車、
ホイロ、ホロフの5両組成。大正時代の道内お召機として活躍

道内純正8620形式18696。釧路機関区の運用を担う一翼として
長年に渡り活躍したカマ。D51、C58などのプレートと比較すると
表記が少ないながらも、その分厚さと重量感にシビれます。
築港の29675にも共通した道内極厚板の一枚。昭和34年頃はは釧路の入換機
として活躍、当時の釧路区の主力はハチロクからシゴハチへバトンタッチ、
1967年に池田区で廃車、その生涯を終える

18696 汽車製造大阪工場=325 1919-03-00 S46.75t1CT(1067)
車歴;1919-03-00 製造→納入;国鉄;18696→配属;北海道局→
1919-03-00配置[北管達326];北海道局内→1919-03-21使用開始→
1919-06-01現在;張碓事故→1924-05-31現在;旭川→1927-03-31現在;浜釧路→1933-06-30現在;帯広→1935-03-31現在;釧路→1941-03-31現在;釧路→1945-09-30現在;釧路→1949-03-01現在;釧路→1955-08-01現在;釧路→1965-02-01現在;釧路→池田→1967-11-30廃車;池田

砲金製/塗装剥、上塗痕有/サイズ:60x20×1.5cm
裏面煤煙付着状態使用痕共に極上
(純正品保証)
(名古屋店)【札幌本店所属品】





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